[006]ウブド王の庇護のもとで。
ウブドから旅をはじめたので、もう少しここに留まっていよう。ウブドの観光の目玉はなんと言っても王宮と市場、モンキーフォレスト、そしてブティックやさまざまな雑貨店、レストラン、カフェなどが並ぶおしゃれな
ラヤ・ウブド通り、ハノマン通りのウインドウショッピングだ。ウブド王宮はプリ・サレン・アグンといい19世紀末にスカワティ家の分家として建設された。無料で美しい庭や建物の見学ができるのでいつも観光客
で賑わっているが、この奥には今でも王家の子孫が住んでいる。また一部はホテルとして使われているので豪華な雰囲気の中で泊まってみるのは価値がある。それ以前の古い王宮はチャンプアンにあったこと
を知る人は少ない。川の合流するところという意味のチャンプアンは、ウォス川とチュリッ川の合流点にある。
先にも言ったようにシュピースが王から招かれ、王宮の一部に自邸を建ててアトリエとしたことでも知られているが、現在の当主チョコルダ・オカ・スカワティの祖父チョコルダ・グデ・アグン・スカワティがシュピース
やボネのパトロンとなって西洋の芸術家達を厚く庇護したことで今日のバリ芸術の発展があった。このチャンプアンがウブドの発祥の地で、先にすこし触れたように8世紀頃にジャワの高僧ルシ・マルカンディヤがアグン山に詣でる途中に立ち寄ったところあまりの美しさにここで瞑想にふけり、グヌン・ルバ寺院を建立したという。
旧王宮プリ・チャンプアンはこのチュリッ川を挟んだ反対側に佇んでいる。
シュピースは、ボネとともにバリ人のための芸術家組織を構想し、ピタ・マハ協会を設立した。
ピタ・マハとは「大いなる生命力」という意味で若い優れた地元の画家や彫刻家がこぞって参加し文字通り大きな力となっていく。なかでもボネは、西洋画風を伝えながら美術館の設立を志し、王の支援も得て1956年にバリで最初のプリ・ルキサン美術館をオープンさせた。「優れた芸術の宮殿」の名にふさわしくすばらしい作品ばかりを所蔵している。
もう一つの有名なネカ美術館は、シュピースの元に集まった芸術家のなかでただひとり自分では絵を描かなかったステジャ・ネカ氏が1982年にオープンさせた最大規模の美術館だ。一方、シュピースは美術館こそ作らなかったが、音楽家としての才能にも恵まれガムラン音楽の採譜に取り組んだり、憑依的な芸能サンヒャン・ドゥダリにラーマーヤナの要素を取り入れてケチャを考案するなど、バリ芸術に大いに貢献している。惜しむらくは、第二次大戦中にナチスのオランダ侵攻にともないドイツ人であるためオランダ軍の捕虜となりジャワへ搬送中、船が難破し47歳の若さで逝去したことだ。彼がもっと長生きしていたら、さらにすばらしいバリ芸術が次々と生まれていたかも知れない。
さらに、現在の王宮の向かい側にあるのが人気のウブド市場だ。ラヤ・ウブド通りに面した方は雑貨や衣料、みやげ物などが中心で、十分にツーリストを楽しませてくれるが、右手奥の方に入るとほとんど観光客の姿はなく、現地の人々の食品市場となる。色鮮やかな果物や野菜、鶏肉をはじめとした肉類さまざまな香辛料などが所狭しと並ぶ。観光客が立ち入っても迷惑がられることはないので、ぜひここまで入ってみよう。庶民の食生活がかいま見られて面白いものだ。食の面からいえば、バビグリンという名の子豚の丸焼きがバリの名物料理の一種だ。主に祭礼の時に食べる料理だが、今ではバリ中どこへ行っても普段から食べられる。その名店がウブドの中心街にある。イブ・オカ。しかし、ここは店が狭く古いので清潔感には若干欠けるが、観光客のみならず地元民からも愛され、いつ行っても行列が絶えたことがない。
おすすめなのは、同じウブドでもすこし南に行ったルダナ美術館の隣にあるイブ・オカ2。一昨年オープンした店で広く、2階は座卓になっており、食べ終わった客が昼寝しているほどだ。本店と同じオカお母さん
の味が楽しめる。
アジアアシストネットワーク
寺村重喜
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